常磐誕といいながら15日のおはなし。
ところで昨日今日と常磐全駅降りようぜの旅前半戦してきたんですがいろいろあったのでまたレポでもかきたいなと。
SSは続きからどぞ。
オチとか無いただの日常話ですん。
コンロではぐつぐつと鍋が煮えていた。完全に煮すぎだった。何度か水を足したスープはまた少し味付けをし直さなければならないだろう。具材も物によってとろとろとスープに溶け込んでしまいそうなくらいになっている。
一旦火を止めれば良かったのだが、もう来るだろう、もう来るだろうと気もそぞろになっていたら、完全にタイミングを逸してしまった。
しかしこれ以上煮込んでも具材が無くなっていくばかりである。気付けばもう23時すぎ。いい加減食べてしまおう。そう思いオレは重い腰をあげた。
それにしてもいくらなんでも遅すぎる。まさかあてがわれた部屋でもう寝ているのか。
味を整えるためにスープを追加し、コンロのつまみを捻りながらそんな考えがよぎった。
いや、本来はそれが普通なのだ。元々約束などしていたわけではない。
15日から17日まで、横浜駅のコンコースで茨城の産直市と上野東京ラインのPRが行われる。その間、常磐は横浜支社が用意した宿舎の一室に宿泊することになっていた。
けれどそちらの部屋を使うことはないだろうと勝手に思い込んでいた。当然こちらの部屋に乗り込んでくるのだろう、と。
まるで狙いすましたかのような日程に、常磐に「誰が日程を決めたんだ」と尋ねたら「さあ、どうだろうな」とにやにや顔で返された。
常磐の誕生日を挟んだ三日間。
今は喧嘩しているわけでもないし、今までの常磐の行動を考えたらこちらの部屋に来ない理由などなかった。寧ろ、祝え、と不遜に言いながらここに来るのだろうと、そう思っていたのだ。その為のこの日程なのかと。
常磐が隣に来てくれるのが当たり前になっている。そんな自分に少し呆れた。まだ繋がる前だというのに自分は何を思い上がっていたというのか。すれ違って苦労して、やっとの思いで手に入れたというのに自分の元に来たらこれではいつ愛想を尽かされてもおかしくない。
そうでなくとも気まぐれな常磐のこと、自分が腕を掴んでいなければすぐどこかに行ってしまうだろうことは理解していると思っていたのに。
ふぅ、と深く溜め息をつく。ぐるぐると考えは渦巻いていたが別に取り返しのつかない失敗を犯したわけじゃない。常磐だってきっと単に今日は疲れていただけだろう。あいつには明日も駅で顔を合わせるだろうし、明日こそちゃんと約束を取り付けよう。明日はあいつの誕生日なのだから。
さあさっさとこの鍋を食って寝てしまおう。二人分の具材に少々空しくなるが、明日の朝食にでもすればいい。
そう思って皿を手にした瞬間、突然ノックもせずにばたんと部屋の扉が開いた。
「あー腹へった!ジュニア飯は?」
突然の来訪者にオレは目を瞬かせた。そこに立っていたのはつい今しがた、もう来ないと思った常磐である。身に纏った黒いコートは、肩口がしっとりと濡れていた。それは今常磐が外から来た証だ。昼前から降り出した雨は今もごうごうと音を立てて降りしきっている。
「あ、鍋だ。ほんっと今日寒かったもんなー。雨とかありえなくね?そうだ、熱燗。熱燗も欲しい。酒あんだろ?」
入口で靴を乱暴に脱ぎ捨て、マフラーもコートも歩きながら剥ぎ取る。固まったままのオレの背中にぴたりと張り付き、手元を覗きこんできた。その体はひんやりと冷たい。
「遅…かったな…」
なんとかそれだけ絞り出すと、常磐はほんともー打ち合わせが長引いてさーちょーだるかったー、と文句をつらつらと並べた。コートの下は制服で、その格好でまさか外に飲みに行っていたわけもなく、仕事が終わって本当に真っ直ぐここに来たのであろうことが伺える。しかしいくら打ち合わせでもこんなにかからないだろうから何か別の仕事をしていたのだろう。
「あーぬくい」
「オレで暖を取るな!」
常磐を引き剥がし座ってろと座卓を促す。
常磐はへーい、と気のない返事をして、くるりと背を向け離れていった。しかし大人しく座卓にはつかず、今度はタンスの引き出しを勝手に開けている。何してるんだと声をかければ悪びれもなく「部屋着探してる」と答えが返ってくる。
「人のタンスを勝手に開けるな」
「えーいーじゃん。部屋着、貸せよ。オレ持ってきてないんだよね」
「オレのじゃでかいだろ。なんで持ってこなかったんだよ」
「だって荷物になるじゃん。ジュニアに借りればいいやって思って」
それならそうと言っておいてくれれば準備しておくのに。そう思ったがそもそも自分だって常磐が来ると思い込んで確認の会話すらしなかった。それを考えるとどっちもどっちなのかもしれない。
「あ、それともなに?彼シャツのオレが部屋にいたら興奮して困る?」
目を細めてにやにやとこちらを見てくる常磐の頭を軽く小突いた。
常磐はいたーいと大袈裟に頭を擦りつつも、適当なスウェットを取り出して勝手に着替えていた。その袖はやはり常磐には少し長いようで、ほんの少し指先が出る程度。まあ確かに、その姿にグッとこないわけではない。
「あージュニアの匂いする」
「体臭には気を使ってるつもりだが?」
「うーんそういうんじゃなくて」
カセットコンロに鍋をセットしながら耳を傾けていたが、その続きの言葉は発せられなかった。
何だよ。鍋を座卓に運びながら常磐に視線を送ると、常磐は襟元を引っ張りあげて口と鼻を塞いでいた。
「服がのびるからやめろ」
「えーけちー」
「けちは関係ない」
「まぁいいか。本物いるし」
腰を下ろしたところで、常磐が床に両手をついてにじにじとこちらに寄ってきた。胸ぐらを掴まれてぐい、と顔を引き寄せられる。
紫色の髪が目尻のあたりを掠めていく。互いの息を感じるほどの距離で常磐が囁くように言った。
「飯は後でいいからさ、ちゅーしようぜ」
「は?お前さっき腹へったって言っただろ」
「そういう気分なんだよ。いーじゃんへるもんじゃなし」
「だからってな…」
そこまで言ったところで無理矢理唇を塞がれた。ああもう。しかたねぇな、と応じるように体を屈め、常磐の背中に腕を回す。
何度か角度を変え、舌を絡めあう。体も唇もひんやり冷たいくせに、口の中は蕩けそうに熱かった。次第に深くなる口づけに常磐の喉から甘い疼きを含んだ声が漏れだす。その声が体の芯に響き、あぁこれ以上はまずいな、と思った辺りで常磐の方から顔を離した。瞳は潤みを帯び頬は紅をさしたようで赤く色付き、思わず息を飲んだ。
「まんぞくー」
口の回りの唾液をぺろりと真っ赤な舌で舐めとり、常磐はうっそりと笑んだ。
オレは自分の中に湧き上がる欲望を押さえ込みながら深く溜息をつく。
「なんだよ」
オレの溜息に常磐は不可解そうに眉根を寄せた。
「いや、少し思い知っただけだ」
「だから何をだよ」
言ったら怒るんだろうか。それとも猫のような笑みで「知らなかった?」と意地悪そうな笑みを浮かべるだろうか。答えないオレの態度が気に入らないのだろう、口を尖らせている常磐の頬を撫でる。
隣にいる存在を確かめる。
いつも隣にいる存在じゃないのに、わざわざ足を運ぶくらいには自分は愛されてるんだな、と。
そう、思い知ったのだと、そんなことを言ったら、こいつはどんな反応をするだろう。
自分はもうこの暖かさを放せない。いつか離れていこうというのなら、無理矢理その手を掴んで引き留める。
そんなことを考えていると言ったら自分が信じられないのかと、きつく睨まれるのだろうけれど。あぁでもそんな顔をされるのも、悪くないのかもしれないな。
「さ、もう遅いんだから鍋食べて寝るぞ」
ああ、でも寝る前に、日付が変わったらおめでとうを言わなくては。それからありがとうを。
隣に来てくれて、ありがとう。
前でも後ろでもなく、ただ隣にいることって実は意外と難しい。と思ったり思わなかったり。
電車とかコスプレとかが好きなただのヲタクです。
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好きなものには全力です。
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