日報を提出し、事務室を出ると廊下の向こうから歩いてくる姿があった。ばさばさと葉を揺らしながらその体に似合わない大きな笹を担いでいるその人物は他に見間違うはずもない、常磐線だった。
「よージュニア、仕事終わり?」
「ああ。それよりそれ」
「ああ、駅に飾ってたやつ、もう七夕終わりだからさ。撤去してきた」
ばさ、と笹がひときわ大きく揺れ、少し茶色がかった葉がはらはらと廊下に落ちた。もう飾られて大分経っているのだろう。笹と言うのは切ってすぐは良いが、どうしても飾っている間に萎れてきてしまう。
「そう言えば七夕か。オレの方の駅も撤去終わったかな…明日チェックしてくるか」
「なージュニアこれ燃やすところない?」
「うーん、昔は庭で燃やしても平気だったけど今はゴミに出すしかないな」
「車両センターの隅とかで燃やしたら…」
「駄目に決まってるだろ」
「えー、けち」
ちぇー、とほんの少しだけ残念そうに常磐が息を吐く。
「やっぱゴミ捨て場持ってくしかねーか。まーゴミ処理場だって燃やすのには代わりねーよな」
残念そうな顔をした割にはまったくロマンの無い事を言う。だがそういうご時世だ、仕方ない。神社など探せば燃やしてくれるところもあるかもしれないが近くにあるとも限らない。
「あ、そうだ」
常磐が良い事を思いついたといった顔で笹を壁に立てかけて、ごそごそと制服のポケットを漁る。そこから出てきたのは折り畳まれた短冊だった。手渡された一枚を開いてみると何も書いていない。
「余りの短冊。今更だけど、吊るそうぜ」
にっと笑う常磐にこちらも笑いを零す。
短冊に願いを書くなんていつぶりだろう。大の大人が、それも二人共100歳越えの年寄りが壁に並んで短冊を書いている姿は少し滑稽かもしれない。
「七夕といえば来月は仙台の七夕祭りかー。ジュニア来たことあったっけ」
「いや、仙台は無いな…」
「一回来てみろよ。綺麗だから。まぁクソ忙しいからオレはあんまり案内とかできねーけど、少しなら抜け出してやってもいーぜ。一時間一升瓶一本で」
「それはお前にしては安い方だが、その後を考えるとちっとも安くないぞ…」
仕事を抜け出すこと自体は置いておいても、その原因がオレだと分かったら常磐と同じ仙台を走るあの兄貴分に知れたらどんな報復を受けるか分かったものじゃない。大体その時期は各地で花火のシーズンだから仙台に滞在するのも難しい。
一緒に祭りを周りたい気持ちは無いでは無いが、それならせめてあいつの目の届かないところでにしたいものだ。
ふう、とひとつ息を吐いて短冊に向き直る。さて何を書こう。リニアが無事開業しますように。東海の収入が上がりますように。事故が起きませんように。
どれも心の底から願っているが、決めきれない。
ああ、そうだ。
処理する直前なら、他人に見られたら困るような願いでも吊るせるだろう。少し考えて、胸ポケットにさしてあるボールペンを取り出して短冊に滑らせる。
オレが書きあげたのを横目で見ていた常磐が上目遣いでこちらを覗き込んでくる。
「何て書いた?」
「秘密」
「えー何の為に今書いたんだよ教えろ」
「駄目だ」
もぎ取ろうとする常磐の腕から逃れるように目いっぱい手を上に伸ばす。こうすれば身長差で勝てない常磐には届かない。実際何度かジャンプしたりオレの腕を下げようとしてしがみついたりしてきたが、結果は思わしくなかったようだ。
「てめぇ、むかつく」
悪態をつかれたが実力行使に及ばない辺り無理に見る気は無いらしい。本気になればこんなの簡単に捥ぎとれるだろうに。不機嫌オーラを纏わりつかせながらも常磐は自分の短冊を笹に結んだ。ちらりと見えた常磐の短冊には、うまい酒が飲めますように、と書かれていた。ぶれねぇな…
書いた短冊を笹に結び付けていると他の短冊の願い事が目に入ってくる。仮面ライダーになれますように、プリキュアになれますように、といったいかにも子供が書きそうなもの。○○先生のハゲが治りますように!といった高校生がふざけて書いたようなもの。家族が健康にくらせますように、宝くじがあたりますように、早く出世できますように。様々な願い事が色とりどりの画用紙に込められて、ゆらゆらと揺れている。
そんな中一つの願い事を手に取って常磐が呟く。
「彼女ができますように、か。こんなのに願うより自力でそれくらい叶えろってんだよな」
「お前の願い事だって星に願うようなことじゃないだろ」
「あ、見たのかよ。ジュニアのえっちー」
「言ってろ」
きゃらきゃら笑う常磐の声が不意に、やんだ。怪訝に思って横を見ても常磐は無言で短冊を結んでいる。上げられた腕が邪魔して表情を窺うことはできず、それだけにその沈黙は少し不気味だったが話かけるのも躊躇われてこちらも紐を結ぶのに集中した。
「さて、結んで早々だがゴミ捨て場持ってくか。手伝うよ」
短冊を結び終えて笹を持ち上げると、葉の隙間から常磐の鋭い目つきが見えた。
「ジュニア」
睨んでいる。さっきの、ふざけて怒っていたのとは明らかに違う、研いだ刃物の様なぎらぎらした目。
ああ、さては、見られたか。結んでいる時に横目に入ってきたのだろう。常磐は目が良いのを失念していた。ボールペンで書かれた小さな字でも、読めてしまったのだろう。
「こんなの、星になんか願わなくたってオレは叶えてやるよ」
「うん、知ってる」
真っ直ぐ突き刺さる
常磐の視線をこちらも目を逸らさずに受け止める。
皆、何かを願い、誰かを思い、この短冊を書いている。けれどこの短冊の煙は空には届かない。ゴミ処理施設の焼却場からは、煙が上ることはない。星には、届かない。
だから、きっと今はその願いは自分で叶えなきゃならないんだ。
だから、せめて。
「知ってるなら、いい」
常磐はオレの視線から目を逸らして少し顔を俯きがちに、足早に、オレの横を通り過ぎた。やっぱりまずったか。そう思ったが数歩進んだところで常磐がくるりとこちらを振り返る。
その表情はいつもの常磐のものだった。
「早くそれ持って来いよジュニア!オレもこれ終わったら仕事上がりなんだから」
「ったく、お前の仕事だろ」
「ジュニアが持つって言ったんじゃーん」
そう言って常磐はまた歩き出す。オレは溜息をひとつ、笹を持ち直していつもより少し大股で歩いた。
ジュニアが何を書いたかは御想像にお任せいたします…
電車とかコスプレとかが好きなただのヲタクです。
基本マイナー思考でマイナー嗜好。
好きなものには全力です。
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