ジュニアがんばれのきもち。
『暫く東京には戻れない』
電話の向こうで静かに響く声に、自分の心臓にも少し重しが乗せられたような感触を覚える。
台風で線路に土砂が流入したジュニアは暫く一部区間の運休を余儀なくされた。状況的に復旧は一日二日では済まないだろう。仕事から上がってちびりちびりとあまり進まない酒を舐めていると、台風が通過して少し落ち着いたのかジュニアから着信があった。
テレビや職場に届いた電報で何となく状況は分かっていたがやはり芳しくないらしい。
長い年月を生きてきてこれ以上にひどいことなどいくらでもあったが、そういうものは比べられるものじゃない。今現在走れない、目の前にあるのはそれだけだ。
ジュニアは確かに新幹線の影に隠れているが、この国の大動脈なことに変わりは無い。特に貨物輸送などには大打撃だ。落ち込むな、という方が無理な話である。
早く復旧したらいい。そんな願いは、心の底に留める。願ったところで線路は繋がるわけじゃない。
「あぁ、まあそうだろうな。がんばれよ」
『…言われなくても』
返事が来るまでにたっぷりと溜めがあった。何を考え込んでいるのかは何となく悟っていた。走ることが存在意義なオレ達にとってそれができない事に対するストレスというのは十分に理解している。ジュニアも、オレも。
そう、オレも。
けれど今お前が考えるべきはそんなことじゃねぇだろう。今目の前にいたらぶん殴ってやるのに。それが出来ないことを歯痒く想いながら、オレは目いっぱいおどけてみせた。
「そんなもん三日くらいでさっさと終わらせて早く帰ってこいよ。帰ってきたらごほーびやるからさ」
いつもの様に軽口を叩いて、いつもの様にジュニアが溜息をつく。
『そんなに早く済むわけあるか。大体お前のご褒美とか嫌な予感しかしないわ』
「えーひどぉーい。オレはジュニアに喜んで欲しいだけなのにぃ」
甘ったるい猫撫で声で返す。電話越しにもジュニアが呆れているのがわかる。そんな気配にオレはけらけらと笑い声をたてた。
いつも通りのやりとり。それでいい。こういうときにオレが出来るのは、オレが望むのはジュニアに無駄に気負わせないことだ。
『常磐』
「何だよ」
『また電話する』
恐らくオレの考えてる事を悟ったのだろう。柔かい声でそう言われ、背筋にむず痒いものが走った。それを隠す為にふざけた言葉を返す。
「なんだよそんなに寂しいの?」
『言ってろ。あ、悪い、業務用の携帯に電話だ』
「あっそ、じゃーな」
『ああ、またな』
さらりとした言葉にジュニアもいつもと変わらない挨拶をした。
耳から放したスマフォから、ツーツーと無機質な音が響く。暫くは電話も無いだろう。仕事に追われてそんな暇など無い筈だ。
会いたいと思わないわけではない。が、そんな我儘を言う程若くはない。我儘はもっと自分を好きにならせる溜めに効果的に使うもので、言うのは今じゃない。帰ってきたらそのときにめいっぱい、我儘尽くしにしてやろう。
そんなことを考えながらスマフォをベッドの上に放り投げ、冷蔵庫に追加の酒を取りに行こうと立ちあがる。すると再びスマフォが震えて着信を告げた。誰だ?拾い上げて画面を見ると先ほど電話を切ったばかりのジュニアの名が画面に刻まれていた。
怪訝に思いながらも通話のボタンを押し、スマフォを耳に押し当てる。
「ジュニア?どうかしたのかよ」
まさか何かあったのだろうか?けれど電話をしてくるということはさほど切羽詰まってはいないのか?そんな心配を余所に耳元に届いてきたのは先ほどとはうってかわってテンションの振りきれた明るく弾んだ声。
『兄さんが!オレの振替えしてくれるって!あの兄さんが!』
ぶつり。
と有無を言わさず電話を切ったことは言うまでもない。人が心配してやれば。ご褒美?前言撤回だ。帰ってきたらどんな目に合わせてやろう。オレはもう一度スマフォを、今度は全身全霊の力を込めてベッドに叩きつけた。
復旧待ってます。
電車とかコスプレとかが好きなただのヲタクです。
基本マイナー思考でマイナー嗜好。
好きなものには全力です。
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