今週もまた雪予報なことにがくぶるする。
休憩室は死屍累々だった。
一度外に出れば何で動かないんだと怒声に包まれ、中にいても運行の画面とにらめっこ状態。あるときはそこここで起きるポイント不転で大雪の中現場に駆け付け、時間のあるときはホームや駅周辺の雪かきにまわる。こんなのが立て続けでは、ストレスの限界値を越えない者などいなかった。
これ以上のものを味わったことがないわけではないが、やはり堪えるものは堪える。少し時間が出来、少しくらいは休憩をいれねばと休憩室に入る。雪に濡れたウィンドブレーカーを脱いで入り口にかけ、休憩室を見渡したが常磐の姿は見当たらなかった。まだ外に居るのだろうか。
視線を巡らせるオレに気付いた京浜東北が顎で休憩室の奥を示す。京浜東北の両サイドには電報の紙が積み上げられていた。話しかけられる雰囲気ではなく、軽く頭を下げて礼だけ示し、奥へと足を進める。
パーテーションに隠れた二人がけのソファから足を投げ出寝そべっている小さな体があった。目元には濡れタオルが置かれている。濡れた青い上着が背もたれにかけられていた。
「カゼひくぞ」
声をかけると緩慢な仕草でタオルをずらし、「なんだお前か」と疲れきった声で言った。
「何だとは何だ」
抗議をしたが常磐は無視を決め込んだようで、「ぐうぐう」とわざとらしく口で言って寝てる振りをする。仕方なくソファの空いている部分になかば無理矢理座り、寝ている体の腹の上にコンビニの袋を置いた。
「なにすんだよー」
常磐は不満そうに自分の腹に置かれた袋をつまみ上げ、少し頭をあげて中を覗いた。
「カップ麺と栄養ドリンクと…アルファベットチョコ?」
「糖分必要だろ」
「ふぅん?」
にやにやとこっちに視線を送ってくるあたり、チョコレートの意味は悟られているらしい。
「チョコより酒がいいなー」
「勤務中だろうが」
軽く頭を小突くと、いて、と形ばかりの声をあげる。まったく痛くなんかないくせに。
「ちぇー」と口を尖らせるとチョコレートの袋を開け、中身を1つ、口を使って包みを取り去り口の中に放り込んだ。
「あっま」
「チョコだからな」
暫く何か考えているかのようにチョコを咀嚼していた。ふ、と常磐の目に光が灯る。らん、と輝くその目は、何度も目にしている。またよからぬことでも考えているのか、と目を伏せて小さな溜め息をついた。
「じゃーこれはオレからね」
用意していたのか、だから雪なんだなと顔をあげると目の前に常磐の瞳があった。大きな瞳は伏せがちで、少し潤んでいるようにも見えた。間抜けに開けた唇に、常磐のそれが合わさる。
何、を。そう思った瞬間、唇の隙間から溶けかけたチョコレートが入り込んできた。思わずそれを飲み込んでしまう。喉の奥を固形物が通りすぎる違和感もあったが、それよりも唇に感じる熱に頭がくらりとした。
ゆっくりと顔を離した常磐はオレの口元についたチョコレートを舐めとり、口角をあげ「甘いだろ?」と笑った。とても満足そうな深い笑み。
「じゃーオレはそろそろ戻るわー」
声を発せられないオレにくるりと背を向け、常磐は鼻歌まじりに休憩室を後にする。さっきまで屍と化していたとは思えない足取りだ。その背を見送りながら深くため息をつく。
「あー…甘い…」
甘党なオレでも、さすがに。
電車とかコスプレとかが好きなただのヲタクです。
基本マイナー思考でマイナー嗜好。
好きなものには全力です。
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